奥田研究室 / Kenji Okuda's Lab
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コラム


子育て大学
子育てについて真剣に考え、取り組んでいくために開設しました。
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子育て大学 No.4

■赤ちゃんの泣きをめぐって■(2002年11月12日)
 さて、赤ちゃんの泣きの意味についてはこれまでに述べてきました。今回は、もう少し赤ちゃんの泣きについて深く考えてみたいと思います。赤ちゃんにとって泣くことが要求伝達手段となっているといいました。養育者は泣いている赤ちゃんの不快を取り除き、快の状態を与えてやります。赤ちゃんからすれば、この泣くことは自分にとって得となるので、また同じような状況で泣くようになります。
 養育者にとっては、赤ちゃんがニコニコご機嫌な時はそのままでいいのですが、泣いている時にはなんとか泣きやまそうとするものです。赤ちゃんが空腹の時や、おしめが濡れている時など、それぞれの状況に応じて赤ちゃんに快の状態を与えようとします。快の状態が与えられた赤ちゃんは泣きやみます。赤ちゃんが泣きやむことは、養育者にとって快の状態になります。だから、赤ちゃんが泣いた時、養育者の赤ちゃんを泣きやまそうとあれやこれやして要求を満たしてやる行動が維持するわけです。結局、赤ちゃんの泣きは養育者の要求を満たしてやる対応によって増加し、養育者の要求を満たしてやる行動は赤ちゃんの泣きがおさまることによって増加するわけです。簡単にいえば、こういう何気ないやりとりによって赤ちゃんの泣きは強くなり、養育者の対応の必要性もそれだけ増えてしまうわけです。このような、養育者-子どもの相互作用が、いわゆる「手がかかる」状態の原因なのです。(つづく)

■まずは赤ちゃんの状態をみましょう■(2002年12月3日)
 そこで、難しい問題となるのは、赤ちゃんの要求伝達コミュニケーションをしっかりしたものにしたいという思いと、できるだけ手がかからないほうがありがたいという思いを両立させることです。まず、赤ちゃんの状態をみてみる必要があります。分かりやすく考えてみましょう。「手がかからない」と思う赤ちゃんと、「かんのむしが強い(手がかかる)」と思う赤ちゃんがいるとします。手がかからない赤ちゃんの場合、あまり泣いて要求をしないかもしれませんが、泣きの要求が出たときはその少ない機会を逃さずに要求に応じてやりましょう。要求のコミュニケーションをどんどん引き出していくことが目標となります。

■かんのむしが強い子の場合■(2002年12月31日)
 ちょっと難しいのは、「かんのむしが強い」赤ちゃんです。つまり、どちらかといえば泣きが多い赤ちゃんです。いくら泣いても要求が満たされなければ、つまり泣いても無視するという対応をしていけば、かんのむしは次第に気にならない程度におさまります。しかし、こうした対応はあまり現実的ではありません。泣きを完全に無視するわけにはいきませんので、赤ちゃんの泣きに応じてやるタイミングを、少し遅らせてみるのがよいでしょう。泣きのレベルがちょっと弱くなったあたりで、かまってやるのです。数十秒ほど様子をみてみると、確かに泣きのレベルの弱いポイントがあります。またしばらくすると泣きのレベルが強くなりますが、それもまた時間が経つと弱くなります。養育者は、赤ちゃんが強く泣いたときに応じてやりがちになりますが、そこをちょっと待つのです。レッドゾーンに振り切っているときには応じず、少しおさまった状態のときに応じるように心がけましょう。

■赤ちゃんに限らずみんな同じです■(2003年2月3日)
 「かんのむしが強い」赤ちゃんへの対応の仕方は、赤ちゃんに限らず大切な考え方です。次のような例を考えてみてください。かんしゃくがエスカレートしていくようなエピソードです。小学3年の男の子が不機嫌そうに「勉強、おもしろくないよ」と言ったので、「がんばって」と励ました。この子がさらにイライラして「くそー、もうイヤだよ」と言ったので、「あとでおやつあげるから」と励ました。ところが、とうとうこの子が机を思いっきり叩いて「もうおれはキレた!! もうダメだ!!」と大声を上げた。母親は少し気の毒に思って、「じゃあ、途中だけど休憩していいよ」と言って許してあげた。その後、この男の子はイライラするたびに大声を上げてかんしゃくをエスカレートさせることが増えてしまいました。
 最近、こういう対応が家庭や学校で増えているように思います。でも、これでその場の要求がかなったとしても、長い目でみると本人にとっても家族にとっても不利益になってしまいます。「欲しい」と思ったらすぐに手に入ることが幸せだと単純に考えるのはやめましょう。「欲しい」と思ったけどしばらくがまんしてようやく手に入った喜びを感じられるように育てたいものです。(つづく)

■赤ちゃんに限らずみんな同じです(その2)■(2003年3月14日)
 前回、「欲しい」と思ったけどちょっとの間、がまんできるように育てることが大事だと述べました。そうでないと、欲しいけれどもどうしても手に入らないとき、対処の方法を知らない人間になってしまいます。たとえば、どんなにお金を持っていても自分の好きになった人が振り向いてくれない。モノはお金で買えたとしても、人間の気持ちはモノと同じようには買えないでしょう(最近は人間の気持ちまで売買されてしまう嘆かわしい時代ですが)。でもどうしてもお金なんかでは振り向いてくれない人のことを好きになっちゃったとしましょう。こんなとき、これまで何でも手に入れることができていた人は、初めて「手に入らない」ということを経験します。それまで「手に入らない(うまくいかない)」ことを経験してこなかった人は、たいてい爆発してしまいます。ストーカー行為や攻撃的行動などです。自分のモノのように追いかけ回したり、自分のモノのようにするために殺してしまったりという結果につながるケースが増えてしまったのはどうしてでしょう。(つづく)

■赤ちゃんに限らずみんな同じです(その3)■(2003年7月3日)
 どうしても「うまくいかない」「自分のモノにならない」ことを、適度に経験してきた人は、どうすればうまくいくかという対処方法のレパートリーが豊富です。対人関係であれば、お金なんかより誠意を尽くそう。誠意を尽くしてもダメならもっと別の誠意を尽くそう。それでもダメならそんな女(男)はさっさと忘れちまえと。これが生き生きとしていて、しかも柔軟な考え方・やり方でしょう。なぜなら、すぐにキレてストーカーになるわけでもなく、誠意を尽くす努力をしないわけでもないからです。今、こういうバランスのとれた人間が減っているような気がします。
 だからこそ、次のことが大切です。子どもが小さいうちから、適度に「うまくいかない」ことの経験と、そんなときにどうすればよいかという対処法を身に付けさせましょう。子どもが「うまくいかない」ことに出くわしたとき、養育者は「かわいそう」と思うのではなく、絶好のしつけの機会だと考えるようにしましょう。







 



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